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2013/04/14

一周忌

Isshuki_2

母の一周忌
兄弟姉妹集まり
お坊さんの読経のあと
大いに食べて飲んでしゃべり
賑やかなことだった

母は若い頃は当地では当たり前の浄土真宗
ひろも小さい頃、母に倣い朝晩仏前に座り正信偈を読んでたものだ
浄土真宗、親鸞の思想には今も深くうたれるものがあるが
長ずるに従い宗教全般に懐疑的になり、今は心信仰と言えるものはほぼ失ってる
母は50代初めころよりキリスト教を信ずるようになり
それは認知症の見られる94・5歳までは確固としたもので
葬儀一切をキリスト教会でやってほしいと言ってたのだが
認知症の窺えない時を見計らって母に聞いた
「婆ちゃん死んだら教会で葬式と言ってたが、ほんとのほんと、それでいいのかい?」
そしたら母は言った
「今までそう思うてたけど、昔ながらでいいわ、ほんとの安心は なんまんだぶつ やね!」
親戚の葬儀や法事の席についても、数珠を持たず
自分の連れ合いすなわち夫の法事にも座らず台所や茶の間で過ごしてた母が
その頃から再び坊さんの読経に小さい声で唱和するようになった
そんなこんなの経過を見、喪主になるに違いないひろとしてはそのあとは一切聞かなかった
昨日、7人の息子娘が集まり様々母の想い出を話したが
その場でひろは母が聖書を大学ノートに書き写したものを見せた
Isshuki2_2
それをみんなが見て、あらためて母の信仰心の強かったことに驚くが
当地の風土としては、その事を素晴らしいとは思えない
ひろとしてはこれも仏教的、写経と言えるものに思える
キリスト者の世界にこういったことがあるのかどうか?
立派な装丁のものから簡単なものまで聖書は5.6冊もあるのになぜ書き写す?

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